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新築工事入札結果のお知らせ

08 9月

当法人にて、指名競争入札を次のとおり実施いたしましたのでお知らせいたします。Taro-メモ\2_01

 
 

映画「くちづけ」上映会のお知らせ

08 1月

知的障がい者が暮らすグループホームでの優しくも切ない物語

7歳の心のまま大人になったマコ。最愛の父「いっぽん」とずっと一緒にいるはずだった・・・。

くちづけポスター完成版・ハーフ

 
 

「ぷれジョブ」に学ぶ地域づくり 開催!!

23 9月

生まれた地域で子どもと地域が共に育ち合う活動をご紹介します。
ぜひお越しください!

ぷれジョブ1

ぷれジョブ2

 
 

二人三脚主催 映画「ちづる」上映会

09 3月

上福岡西公民館にて映画「ちづる」上映会を開催します。赤崎監督も来場し、映画上映後にトークショー&参加者とディスカッションしていただきます。

日時:3月15日(土)13時30分開場、14時上映開始  15時40分~ 赤崎監督トークショー&ディスカッション

(会場: ふじみ野市上福岡西公民館地下ホール)

        ちづる2014B5blog

 

 

 
 

7月6日に行われた小野和佳さん(いわき自立生活センター)講演全文を掲載しました

21 10月

7月6日、映画『逃げ遅れる人々』の上映後、福島県いわき市で東日本大震災に被災した小野和佳さんによる講演が行われました。

講演全文を掲載します。(なお、講演要旨をセンター21通信109号に掲載しています)

小野さんは、いわき自立生活センターの『生活介護アライブ』に勤務。

「生活介護事業所に通ってくるのはだいたい10名ぐらい。パソコンで名刺や印刷物を作成することが活動内容です。生産活動に特化して事業所を運営しています。多目的トイレもフロアに4つあります。」

福島県は、浜通り、中通り、会津地方に分けられます。いわき市があるのが浜通り。人口は大体35万人。福島県で原発事故が起きたあとの、放射線による汚染状況をまとめた地図です。(写真)赤色に近づけば近づくほど、放射線量が高いことを示しています。いわき市は原発から30キロ圏内に一部が入ります。いわき自立生活センター(以下、「センター」)では、一人の方が津波によって亡くなってしまいました。原発の場所を円の中心とした時、中心に沿ってまんべんなく放射線によって汚染されているわけではなくて、原発から30キロ以上離れている会津地方でも放射線量が高いところがあります。関東でも部分的に放射線量が高い場所があり、ホットスポットと呼ばれているそうです。

福島県内の駅や市役所、公共の場所には、今現在の空間線量を表示する機械が設置されています。いわき市の数値は福島県内では低い方なんですが、それでも平常時の10倍です。福島県内では毎日、「各地域の今日の空間線量」を天気予報で紹介しています。しかし、福島県外にはそういった情報はまったく伝わってきません。私は今、神奈川県相模原市に住んでいますが福島県で地震があってもわかりません。同じ国にいながら情報が入ってこない。福島県外にいる人たちは自分たちで進んでアンテナを立てないと情報収集ができないというのが現状です。

いわき市の場合は原発事故のほかに、津波の被害が大きく300人以上亡くなっています。

映画『逃げ遅れる人々』を観ていただきましたが、この映画から私自身がお伝えしたいことをお話します。

<避難訓練から見えた課題>

震災から2か月後の5月11日に、私たちは避難訓練を行いました。その体験からお伝えしたいことがあります。

避難訓練は迅速・円滑、無事に行なうことができました。それには理由があります。『○月○日に避難訓練を行いますので、支援スタッフは出勤し利用者を誘導してください』というお知らせを事前に出した。避難訓練を行うための、スタッフや事務所の体制を万全にしてしまった。避難訓練は、本来は実情に合わせた訓練をするべきなんです。さらには対象者を限定してしまった。こうした状況で避難訓練をやれば成功するに決まっている。実情に合わせて避難訓練を行い、その後反省点を出して、また避難訓練を繰り返す。同じことの繰り返しかもしれないし、答えがでないかも知れないけれど、それが震災を風化させない方法だと、私は思っています。

避難計画や災害対策を100パーセントにしようとしても課題が山積みでなかなか100パーセントのものは作れないですよね。完ぺきを目指そうとすると結局、「震災が起きたら、臨機応変に状況に合わせて動くしかない」という結論になってしまい、そこで考えることをストップしてしまう。対策を練ろうとする思考をストップさせてしまう。それがもう風化の始まりです。私が言いたいのは、実情に合わせたシュミレーションを繰り返していくことによって震災を風化させない意識が生まれてくると考えています。

もう一つの反省点。マスコミを呼んでしまったことにより、緊張感のない避難訓練になってしまった。見てもらうということは重要だけれども、「何を伝えたいか」目的をもってマスコミを呼ぶということが大切だと感じました。

実際に経験しての実感ですが、震災は「いつ・どこで・だれと」遭ったかによって大きくかわります。今回の大震災は午後3時前の昼間の時間帯に発生しましたが、その時間帯、通所系のサービス利用者の方々は皆、事業所に集まっているという時間でした。もし深夜や早朝に発生していたらどうだったか・・・また、津波で亡くなった方は支援サービスとサービスの合間の時間、一人でいた時に逃げ遅れた。24時間介助が必要だとしても、自立生活をしているなかで当然一人になる時間も必要。その合間の時間に地震・津波の被害で亡くなられてしまった。

 

<要援護者支援制度について>

要援護者支援制度という制度があります。制度の中身を見てみると、この制度はあくまで要援護者(障害者、高齢者、妊婦など)が自宅にいることが前提になっています。なぜなら、支援者として想定されている方々は近隣の民生委員や、自治会の方々だから。

実際は、みんな一日中自宅にいるわけではありませんよね。自宅外で震災に遭遇したとき、この制度はあまり活用できないのではないか。震災直後、水道が止まったり電気が使えなくなったりするかしないか、によっても大きく変わります。障害の程度ではなく、被災された方の置かれている環境でその後の生活が大きく変わってくるというのが震災なんですね。

 

<ひとり暮らしの障害者が直面した震災>

障害があってもアパートなどを借りて一人暮らしをされている方も多いと思います。いわきセンターにもいらっしゃいます。そうした人たちが震災直後、どういう問題に直面したかというお話をします。私たちは、介助者プラス電気を使った福祉を利用して生活していたということです。電気が止まってしまうことによってエレベーターが止まります。ほかにもいろいろ影響があるでしょう。皆さんも想像してみてください。いわきの場合は、大家さんの配慮で、鍵穴に鍵を入れるのが大変だろうから暗証番号入力式の鍵を玄関につけてもらっていた。ところが電気が止まってしまうと部屋も開けられない。大家さんも被災していますから、アパートにすぐに駆けつけることができない状況になるわけですね。さらに室内に段差を解消するための昇降機やエレベーターをつけているところもある。それから呼吸器を利用している方もいる。電気を使った福祉機器を活用して生活している方が多かった。私たちの生活には電気が必要不可欠な部分がある。それを踏まえてどういう対策が必要か考えていく必要があります。

それから、福島県特有の問題かもしれませんが、すべての県民、被災地のすべての人々が被災者になるということを考える必要があるということです。ヘルパー、家族はもちろん県や市の職員も被災者になるわけですね。センターでも震災直後、人手が不足しました。原発事故後にヘルパーを呼ぼうとあちこち電話をしてもつかまらない。やっと電話がつながったヘルパーに「今どこにいますか?」と聞いたら「今、京都にいます。」と。事業所になんの連絡もしないまま、県外に避難された方もいます。また、○○さんが助けに来てくれるかな、と思ったらもうその方は家族と県外に避難していた。ヘルパー本人は事業所に残って仕事を続けたかったけれども、涙ながらに理事長に挨拶に来られ、「家族が避難したいと言っているので申し訳ないが、避難させてください」という方や、今まさに障害者の介助をしている方たちが、ニュース等を見て「避難したい」と申し出てきたり。そのような人たちを止めることはできないので許可して新たな介助者を探すこととなったりもしました。理事長は、当初はこうした事態に怒っていましたが今では考えが変わり、「各家庭にいろんな理由があるわけだから、介助をする人のことも責められないよね」と。ちなみに私が相模原に来て受けた災害対策研修での講師の発言。「『福祉事業所では震災直後、利用者を速やかに各家庭に送り届けました』という話をいくつか耳にしたが、私はそれが100%正しいとは思えません。なぜなら、利用者はひとりひとり家庭環境や、置かれている立場などが違うから、家庭で充分な支援を受けられない人も多いはず。利用者個々の状況をきちんと把握して冷静に行動する必要がある。」

私は、「○○が絶対正しい」などと言うつもりはありません。震災直後いろんな意見が出ています。皆さんには、いろんな立場からの様々な意見を聞いていただいて自分たちの事業所などの災害対策に活かしてほしいと思います。

 

<自立生活センター職員としての思い>

次に、自立生活センターという、当事者自身が障害者の生活を支援する場に務める者として私が気づいたこと。自立生活センターは、『障害者の隣には常にヘルパーがいる』という発想で今までやってきました。ところが震災を経験し、こうした発想は絶対ではないと気づきました。ヘルパーだって被災者。なにかあったら必ずヘルパーが助けてくれるという考えをついつい大前提に事を進めてきてしまったと、私自身も反省しています。震災では住民全員が被災者となるということを肝に銘じる必要性を感じました。

自立生活センタースタッフは、障害当事者も障害者を支援するという目的をもって行動していますが、私自身は震災直後何もできずに無力感を感じていました。重い物資を運んだり水を汲んでくることもできない。目的意識がありながら自分ではなかなかできることがなく、悩んだ時期もありました。障害を持った人たちも震災直後、何かできることはあるのかと考えさせられた時期でした。センターの利用者の場合は避難所に行くという選択肢はありませんでした。震災発生が昼間で、利用者は生活介護事業所に皆さんが集まっていた。停電もしていなかったので、あえて避難所に行くよりもセンター内にとどまって生活した方が安全という判断をした。福祉事業所は障害者の一時避難場所になり得るだけの力があると、震災を経験して思いました。トイレなどの設備面はもちろん充実しているし、ひとりひとりの状況などを一番よく分かっている人たちが支援するということで安心感を持ってもらえる。

映画の中で「当事者派遣プログラム」という事業で、東京の障害者が被災地の障害者にお話を伺いに行ったというシーンがありました。被災した佐々木さんは一度避難所に行ったけれども、「自宅があるんだから戻ってください」と言われ帰ってきた。物資ももらえなかったという方。そうした方に対し精神的な悩み相談も必要だと思いますが、ここで考えるべきは、佐々木さんは避難所で暮らせなくてもう自宅に戻っているという現実。本来は、障害者の相談に応じる人が避難所にいなくてはいけないと思うんです。必要な時に必要な支援が届くということが重要。地域で暮らすための支援の場合は長期的視点で自立を支援する必要があるけれども、震災のような非常時は、必要なものがいかに早く手に届くかという点が最も重要。

次にお話ししておきたいのは、政府が「南海トラフ」巨大地震対策に関する会議を行い報告書がまとめられ、『避難者トリアージ』の導入を提言するという内容が報告書に含まれていました。トリアージというのは、被災者が大勢出た時に、被災者に優先順位をつけて高い人から優先的に助ける、という仕組み。つまり自宅に戻ってもらうべきか避難所に来てもらうべきか、事前にある程度決めて選別しておくということ。巨大地震が起きてしまうと避難所が足りなくなる恐れがある。だから自宅で生活が可能な人はできるだけ自宅で。

この仕組みが導入されると、障害者(逃げ遅れた人々)に支援の手が届かなくなるということがあり得る。必要な人に必要な支援が届くか、心配なところです。

 

<集団避難>

センターの利用者、職員は東京・新宿の戸山サンライズに集団避難をしました。避難をしたのは、「原発事故による放射能が危険」だからではないんです。いわき市がゴーストタウン化して、医療機関もストップしてしまった。ガソリンスタンドも減り、ヘルパーが車でまったく動けなくなってしまった、などが理由です。風評被害もありました。原発から30キロ圏内は屋内退避とされました。いわき市も一部が30キロ圏内なので、対象になった。

屋内退避というのは、できるだけ外出しないでくださいということですが、外気を入れないためにエアコンなども使わないでくださいと言われた。センター内は停電しなかったのでエアコンで暖は取れた。エアコンが使えないとなると体温調整できない方々が体調不良になる。

震災直後は、大勢の人が車で県外に避難しようとしたため、道路は大渋滞が起きました。センターとしては、今無理をして避難するよりも、なるべく屋内に退避して放射線量が少しでも低くなるまで我慢しよう、というのが当初の結論。ところが状況が変わり、生き延びるために避難を決断しました。そこで運がよかったのは電気が通っていたこと。インターネットが使えたので全国の自立生活センターに「ガソリンを確保して集団避難をしたい」とメールを送ることができた。それにより戸山サンライズに行くことができました。

まず水戸までガソリンを運び、そこで車に積み込んで、いわきまで運びました。理事長が二往復した。本来は絶対やってはいけないことですが、「いわきにこのままとどまっていては、生き延びることができない」という危機感の方が勝っていた。

30名は、受け入れ可能と言われ、避難を呼びかけた結果、総勢30名ほど集まりましたが、そのうち障害者は10名に満たなかった。理由として考えられること。放射線量のリスクよりも使い慣れたヘルパーやベッドなど、生活環境が変わってしまうリスクの方が高いと考えた人が多かった。それから、家族の中に「行きたくない」という人がいた場合、その人を置いてまで避難できない方がたくさんいた。自立生活センターのネットワークを通じて、避難に向けて様々な支援をしてもらえたけれども、実際に避難した障害者は10名未満だったという事実はお話ししなければならないと思います。

 

まとめ

震災直後、講演会でお話しさせていただくと福祉サービスの合間に被災された方もいるし、24時間介護保障は必要、という意見とか、常にスタッフが見守っている状況で生活する場も必要、という意見も聞こえてきます。私がお話ししておきたいのは、震災を機に、今までできなかったことを実現させるということは大切だけれども、災害対策と24時間介護保障は分けて考えて、同時進行でやっていかなければいけないと思います。「災害は怖いから24時間介護保障を求めよう」となってしまうと、いつの間にか、介護保障を求めるだけの動きになってしまう恐れがあり、それは、震災経験者としてすごく残念。災害に対する危機感を保った状態で運動してほしい。

震災直後、多くのボランティアが福島県にお越しになり、炊き出しなど、色々な支援をしてくださいました。その方々に話を聞いたら「福島の人たちは意外と普通に暮らしている」とおっしゃる。

この『普通に生活できてしまっている』というのが問題だと、私は思います。目に見える課題があるわけではなくて、仕事も、食事も普通にできている、学校にも普通に通えているけれども、依然として異常に高い放射線量が飛んでいる中で皆、生活しています。

「日常生活をちょっと変える」だけで、災害対策は充分なのではないかと思います。具体的に私が研修会で学んだことをお伝えします。それは、『地域を見渡す観察眼を日頃から意識しましょう』ということです。たとえば学校や職場から自宅に帰るまでに、電信柱は何本ありましたか。橋は何本ありますか?一見「何の役に立つの?」と思われる質問ばかりかもしれませんが、自分たちの生活する地域がどのようなものか、ということを常に意識することが、防災対策になるということです。「皆さんが乗っている車のガソリンは今現在足りているか?」「道路の自動販売機は固定されているか?」重要だと思うのが「財布の中に多めに10円玉を確保しておきましょう」。いざというとき10円玉があると公衆電話が使えます。

このように、日常生活で無理なくできる災害対策を考えてみてほしいと思います。

一方で防災を意識しすぎる弊害というのも考えられます。あるイベントで、電動車いす利用者の入場を制限した事例がありました。理由は、バッテリーがなくなると、非常時の避難誘導などができなくなるから。災害対策というと聞こえが良く、そのためなら何でも許されると思われがち。しかし災害対策によって一部の人たちの人権が侵害されてしまう可能性も考えなくてはいけないと思います。アパート6階に一人暮らししている、車いす利用者の方から相談を受けました。震災が起きた時、避難できるか心配なので1階に引っ越したい。一見、賢明な選択ですが、よく考えてみると、こうした考えが進むと障害者は皆、同じような地域、同じような場所にしか住めない。

誰もが自分の住みたい場所に住む権利を持っている。私たちが本当に訴えていくべきなのは、エレベーターが止まったとしても階段を使うことなく1階まで避難できる仕組みを作る必要があるということ。海外では、高層階から1階までスロープでつながっているアパートもあるそうです。何を訴えていくべきかを冷静に考えていかなければと思います。

 

会場から質問:震災を経験して、地域のコミュニティを見直そうという機運が広がっています。こうした動きには問題点もあるかと思うのですが、被災地での支援などを通じて、全体的にどう感じていらっしゃいますか?

小野: 震災を経験し、普段から地域とつながっておくことの重要性を感じている人が多いですが、正直申し上げて私はそれほど、地域とのつながりが必要になるとは感じていません。こうしたテーマは阪神・淡路大震災の時にも話題になりました。たとえば、要援護者支援制度は、まず名簿を行政で作り民生委員や自治会が、名簿に掲載されている人たちを支援する仕組みですが、制度化してしまうと民生委員だけが支援に当たればよく、住民はなにもしなくてよい、ということにもなりかねない。また、仮設住宅に入居した障害者が、スロープがないために外出できないという事例が映画にありました。私は「同じ仮設住宅の住民はあの人を助けてくれないのかな」と思いました。近隣住民との付き合いで最も大切なのは、「あの人は大丈夫かな」と思ってもらえる関係をつくることだと思います。(了)

 
 

川越市障害者福祉施設連絡協議会 学習会のお知らせ

27 7月

 
 

障害者制度改革 埼玉セミナーPart4 報告

25 7月

―本年3月10日、「障害者差別禁止法」をテーマに行われた尾上浩二氏(DPI事務局長)の講演内容をここに掲載します。(一部はセンター21通信108号に掲載)―

 2009年に障害者制度改革推進本部というものが立ち上がり、下部に推進会議 が作られました。同会議には障害当事者が過半数参加しました。

 その差別禁止部会では昨年9月に部会意見というものが公表された。これに基づいて法律がどのように作られるのかというのがポイントです。障害者の地域生活に関わるものという のは、推進会議や障害者政策委員会の委員だけががんばったらなんとかなるというものではなくて、私たち 障害者自 身が声をあげ運動するという経過のなかで作られてきたんだとい うことです。そうした事実を私は念頭において、差別禁止法制定に向けても取り組んでいきたいと 思っています。

 

 推進会議でまとめた障害者制度改革の第一次意見。ここに三つの山を設定したわけですね。一つ目は、障害者基本法の改正。二つ目が、障害者総合福祉法の制定。そして三つ目が、差別禁止法の制定。いずれにせよ、【私たち抜きで私たちのことを決めない】という、活動の中でずっと言い続けてきたことを今回も主張し、法律を作れるかという点がポイントです。

 障害者制度改革のおおもとにあるのは障害者権利条約なんですね。2006年12月に国連で採択されましたが、昨年12月の段階ですでに127の国・地域で批准されているという状況で、日本はまだ批准していませんからかなり遅れている。

 批准とはどういうことかというと、条約=国と国との約束事ですから、「権利条約を批准します」ということは、権利条約に書かれていることは、日本でも実施しますよということを国際社会に向かって約束することなんですね。現在の日本の制度で、一番偉い地位の高いもの(最高法規)は日本国憲法。その下に障害者基本法や障害者総合支援法といったさまざまな法律がある。条約というのは、憲法に次ぐ地位と定められています。

 私はDPIという組織の事務局長をしており、海外から研修生を受け入れますが彼らからこう聞かれます。「バリアフリーの法律もできているのに、なぜ日本は条約を批准しないのか?」

 他の国からすれば、条約を批准してしまってからそれに沿って法律を作ったり変えたりすればよいと思う。理屈ではそうなんですが、現実はどうかというと、日本の場合これまでずっと政権交代が起こらなかった。そのため、条約を解釈する、ものすごく強い力を政府が持っていた。たとえば、ある条約を批准するというときに、政府が「日本の法律は、この条約と合っていますよ」と言って批准しちゃう。一度批准してしまうと、もう何も変えなくてよいということにも結果としてなりかねない。

 日本の国民性というか、政治家もマスコミも、批准する時までは皆注目してくれるんです。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではないけれども、批准したあとは忘れてしまう。ですから条約を批准するタイミングで、変えるべきものを変えないといけない。批准してから変えるというのはなかなか難しい。私たちの日常生活の中では、法律がどうなるかということがやはり一番重要。法律をしっかり変えた上で(条約を)批准していこうというのが、制度改革の目的なんですね。

 

<障害者基本法の改正内容>

 2011年の障害者基本法の抜本改正を もう一度おさえておきます。ある国会議員さんの言葉を借りれば、これは「障害者分野の憲法」。基本法もあらゆる障害者問題の基本になるものなので、おさえておきたい。ポイントは3つ。

①   目的規定の見直し。【障害の有無によって分け隔てられることなく~共生することができる社会を実現するため(後略)】という文言が入りました。これが目的規定に入ったことは大きい。

②   障害者の定義が、「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」とされた。

大事なのは、「社会的障壁」という言葉。バリアフリー法などで実感できると思うんですけど。

 今から25年ほど前、私がまだ大阪にいたころ埼玉に見学にきたことがあるんですね。当時、駅にエレベーターがなくてエスカレーターと階段のみだったので階段をかついでもらった思い出があります。でも今はエレベーターが設置されている。25年前に比べると私自身の障害は重くなっている。でも、今のほうがよほど、車椅子で移動しやすくなっている。なぜか?私が変わったのではなく、交通機関、街が変わった。社会が変わることによって障害者の生き方が変わっていくことは実感できますよね。障害者の生きづらさというのは障害そのものだけではなくて、社会からもたらされるものなんです(障害社会モデル)

差別禁止法を考えるうえでこの視点は重要。

③   第4条、差別の禁止。ここに「合理的配慮」がされなければならないと明記されました。

 じゃあ、差別とはなにか、合理的配慮とは何なのかということが基本法だけではわからないので対応したものとして差別禁止法が必要だとなってくるわけです。

 こうした基本法の様々な改正点は差別禁止法にいかされなければならないことが多いんですね。また、権利条約の批准とも大きな関わりがあります。

<障害者差別禁止法について>

 2009年12月に障害者制度改革推進本部が成立→その第一次意見書で「差別禁止法」の制定が掲げられ、2012年9月に差別禁止部会の意見書がまとまったという経過ですね。先進国でみると、差別禁止法がない国の方が少ない。1990年にアメリカでADAができましたけれども、その後イギリスでもできたりとか、ヨーロッパ諸国ではほとんどできている。また、お隣韓国でも2008年に差別禁止法ができた。

 日本国内では、地方自治体で差別禁止条例が制定される動きが広がっている。都道府県では、千葉県からはじまり、北海道、岩手、熊本。都市ではさいたま市、八王子市ですでに制定されています。制定されようとしているのが京都府、沖縄県、神戸市。

 いくつかの自治体で、差別にあたると思われる事例を住民から集めたところ、千葉県で800件。さいたま市でもかなり集まった。そうした事例が多数存在するという事実が浮かび上がりました。世論調査をすると、障害者に対する差別はよくないという意見が過半数を占めることが多い。何が差別にあたるかというものさしを明らかにして、作られたルールを共有するということ、もうひとつは、差別は毎日毎日のことですからね、何か起きた時に相談ができたり、仲裁をしてもらえたりという紛争解決の仕組みをしっかり整えて法律化してほしい。差別禁止法を制定することで、市民の平等が進み、結果として障害者基本法の目的である、共生社会の実現が成し遂げられる。

 差別の定義、ものさしが大事だというお話をさきほどしました。差別禁止部会では、あまり細かく分けるのではなく、不均等待遇と合理的配慮を提供しないこと=差別だとされました。

 不均等待遇は直接差別、間接差別、関連差別の3つに分けられます。

 直接差別は、障害を理由とした区別、差別。

・私たちが支援した裁判。インターネットカフェを気に入って利用していた精神障害者。ある日カバンを置き忘れ「中に精神障害者手帳が入っている。あったら保管しておいて」 と電話をした。後日、店を訪れたところ、「うちは障害者お断り」と言われた。裁判で明らかになったのは以前その店で障害者が無銭飲食をしたという事実。

・障害のある妊婦が医師から「充分コミュニケーションがとれないから、出産は帝王切開で。」

・不動産の賃貸契約後に精神障害者だと分かったら「奇声をあげたり暴れたりするんですか」と質問され、結局契約は無効とされた。

 障害に基づく偏見からくる差別がかなりあるなという印象です。ものさしがなかったらこうしたことが、まかり通ってしまうんですね

 間接差別の例。自治体の職員採用の募集要項に受験資格として①受験票に名前を自分で書くこと②活字印刷物を読めること③電話対応、面接が可能なこと、と明記してある。

こうした条件は一見忠実だが、明記することによって、「印刷物を読めない視覚障害者」「相手の声が聴こえない聴覚障害者」はお断りと言っているわけです。

関連差別。障害者だから拒否ではない事例、盲導犬、介助犬を連れての入店を断られた。また車椅子お断りの例もある。

合理的配慮とは、

「障害者の求めに応じて、障害者が障害のない者と同様に人権を行使し機会や待遇を享受するために、必要かつ適切な現状の変更や調整を行うこと」(部会意見)

合理的配慮の例でイメージしやすいのは、段差を解消してスロープをつけたり、エレベーターを設置したりという設備面だと思うんですが、もう一つ重要なのは基準・手順の変更。健常者が作ったルールが結果として障害者を排除している例がけっこうあるんですね。その基準や手順を変更できるようにする。たとえばパニック障害のある労働者の勤務時間を変更して、ラッシュ時を避けて帰宅できるようにする。

合理的配慮がなかった例。・普通中学校で教室移動などで大変な思いをした。・役所等に問い合わせがしたくても、ファックス番号の記載がどこにもないので視覚障害者は問い合わせできない。

・知的障害の特性に配慮しないまま、警察で取り調べられ、冤罪になりそうになった。これは昨年実際に大阪であった事件です。

紛争解決の仕組みの必要性 

なにが差別かということの、ものさしが作られて提示されることにより紛争が発生した場合に備えて都道府県や市町村にこうした機関、拠点を作ってほしい。

障害を持った子どもが学校に行くとき、就学先について親と教育委員会の意見が異なる場合も多いですが、教育委員会が一方的に決めているのが現状。こうした時に解決の仕組みがあれば。

相談および調整の機能。身近なところで安心して相談できるような場所を設ける。

裁判の前段階のような準司法的な、調停・あっせんをしてもらえるような機関、場所を設ける。

交通バリアフリー法も、自治体でつくられた障害者差別禁止条例がベースになりました。差別禁止法が制定されるのと同時に、自治体で差別禁止条例が作られる動きが広がればよいなと思います。

 
 

センター21主催 映画会・講演会のお知らせ

28 5月

7月6日(土曜日)に下記映画会・講演会を開催します。

※映画上映後、ゲストの方に講演していただきます。

※6月1日の青空自由市当日に本映画会の入場整理券を配布します。

 
 

平成25年度青空自由市開催のお知らせ

06 5月

寒い季節を乗り越えて今年も青空自由市の季節がやって参りました。

皆さまお待ちかねの餅つき、ジャグリング、福引など盛りだくさん。

今年度の目玉は!

◎    よく当たると評判の占いコーナー

◎    東日本大震災パネル展示

◎ 被災地障害者作業所授産品販売

◎    ふじみ野市のゆるキャラ「ふじみん」がやってくる

 

☆開催日 6月1日〈土〉 雨天の場合 2日〈日〉に順延

☆時間  10時~15時

☆場所  福岡中央公園(スクランブル交差点横、地図参照)

※内容※

☆フリーマーケット、福引、模擬店、ジャグリング、

手相コーナー、各種アトラクション

映画「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者」上映会(7月6日、上福岡西公民館にて開催)チケット販売

※当日のフリーマーケット出店者を募集しています.

協力費 500円

【  5月24日金曜日】までに

                電話049-257-7510

                  までお申込みください。

 

 

 

 

「はるながふじみ野にやってきた」公演会

05 2月

自立生活センター二人三脚で体験劇の公演会を開催します。

体験劇「はるながふじみ野にやってきた」

日時 2013年3月9日(土) 13:30開場 14:00開演

会場 ふじみ野市立サービスセンターホール
資料代:500円

養護学校自主退学
井上晴菜 21歳の歩み!
親から離れ、地域で暮らし早3年。
笑いあり、涙ありのドタバタ体験劇。
ライフステーション ワンステップかたつむりによる公演会

国立で暮らす晴菜さんの活躍ぶりが楽しく伝わります。
ダンスが好きな人も必見ですよ。
障害者運動を振り返る貴重な映像も・・・。
是非是非お越しください!

お問い合わせ:自立生活センター二人三脚(049-264-0990)